
今回はハウズ愛子さんは戦争花嫁として戦後すぐに国際結婚をしてオーストラリアに移住したハウズ愛子さんについてまとめてみました。
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ハウズ愛子(オーストラリア戦争花嫁)の年齢や出身は?
まずはハウズ愛子さんのプロフィールを見てみましょう。
ハウズ愛子(はうずあいこ)
旧姓:西川
生年月日:1930年?月?日
出身地:山口県岩国市
参考:http://www.languageonthemove.com/
ハウズ愛子(旧姓西川愛子)さんは、1930年生まれということなので、今年で87歳。
もう3年で90歳になるのに本当に元気ですね!
出身は山口県の岩国市で岩国にある米軍基地でハウスメイドとして働いていた時に、友人の紹介でその後夫となるロン・ハウズさんに出会ったそうです。
そこから、ハウズ愛子さんに一目惚れしたロンさんの猛アタックがはじまり、付き合い始めたそうです。
ただ、愛子さんの家族にはオーストラリア人のロンさんと付き合っていることは内緒にしていたそうです。
ロンさんの日本での任期が終わりに近づくに連れ愛子さんも結婚を考え始めたそうです。
そして、ロンさんからプロポーズ。
愛子さんはロンさんと国際結婚をすることになったのですが、戦後間もない時代だったため国際結婚はすんなりとはいかなかったそうです。
当時は国際結婚の手続きが大変で、愛子さんは警察で経歴を調べられたりもしたそうです。
また、オーストラリアに渡るためのビザが下りるのにも時間がかかったり、オーストラリアに行くには今みたいに飛行機は飛んでないので約1ヵ月かけて船で海を渡ったそうです。
今は東京からシドニーまで飛行機で約8時間くらいで着くのでものすごい時間がかかったのが分かりますね。
ハウズ愛子さんの夫はイギリス出身?
1955年にハウズ愛子さんがオーストラリアに着いた時、夫のロンさんはシドニーに住んでいましたが、元々はイギリス出身で、ロンさんの家族はイギリスにいたため、オーストラリアに移住した愛子さんは夫と二人だけの生活を送っていたそうです。
日本は戦争でオーストラリアとも戦っていたので、当時の状況を考えるとロンさんの家族がオーストラリアにいたら、反日感情もあったと思うので、愛子さんは大変だったかもしれません。
しかし、ロンさんもイギリスの家族から離れて一人、愛子さんも日本の家族から離れて一人という状況もあって、夫婦だけの生活は順調だったようです。
ロンさんは、愛子さんがオーストラリアに渡ってから除隊し、一般企業に就職し、軍隊をやめたことで入った退職金を使って家を建てたそうです。
ハウズ愛子さんの娘は?
愛子さんがオーストラリアに渡って2年後の1957年に、二人の間に娘が生まれました。
名前は、ジャネット(Janette)さん。
当時は、まだ反日感情を抱いている人も多かったので、愛子さんは自分が日本人であるために、娘さんがイジメられないか心配だったそうですが、近所の人にも可愛がられていたそうです。
ジャネットさん写真は見つからなかったのですが、オーストラリア人と日本人のハーフなので、きっとキレイな方なのではないでしょうか。
ジャネットさんが生まれてからしばらくすると、ハウズ愛子さんはジャネットさんを近所の仲のいい人に預けてミシンで服を縫う仕事を始めました。
せっかく生まれた孫娘を両親に見せてやりたいとの思い出、日本までの旅費を稼ぐために必死で働きました。
そして、オーストラリアに渡ってから5年後の1960年にジャネットさんを連れて一度里帰りが実現し両親にジャネットさんを見せることもできたそうです。
今もシドニーでボランティアを続けているハウズ愛子さん
オーストラリアに戻った愛子さんは、今度は工場の仕事につき34年間働き続けたそうですが、1999年に会社が父さんに突然暇になってしまいました。
働き者の愛子さんは、仕事をしないでいることが出来ずに赤十字でボランティアを始め、2015年にはそれまでのボランティアを通した社会貢献が認められ赤十字から感謝状が授与されたそうです。
まとめ
おそらく、結婚当初はロンさんは片言の日本語、愛子さんは片言の英語しか喋れなかったと思うのですが、少しくらい言葉が通じなくてもコミュニケーションは取れるものなんですね〜
ロンさんは、2014年に亡くなったそうですが、ロンさんと結婚したことを後悔したことは一度もないといい切っていて本当に仲のいい夫婦だったんだなぁというのが伝わってきました。
See ya!